© CYNTHIA ST. CLAIR
 




疑う余地のないバーチュオシティが至福の叙情詩を創りだす
    --Music Web UK. シューマン ノベレッテンのレコーディング・レビューより

シェパードの鮮烈で荘厳な演奏は、単なる器用さではなく最高峰の技術に支えられるものである。彼が今回のリサイタルで見せた見事に説得力のある演奏は、クレイグ・シェパードの完全なる才能を上回るものはないことを証明するものであった。
    --「Music and Musician’s 」1986年7月号より。ロンドン、クイーン・エリザベス・ホールでの演奏についての批評
 
シェパードの演奏で驚くべきことは、彼のモーツアルトに対する本能的理解が、この崇高な音楽の演奏の中に溢れ出ていたことである。この演奏はホールの長い歴史の中でも、最も素晴らしいモーツアルト・ピアノ・コンチェルトと明言できるだろう。またこれほど指揮者やオーケストラと親密に共演できるピアニストは数少ないといえる。
    --「The South Wales Echo」1989年10月16日版。セント・デービッズ・ホールにおけるモーツアルト・コンチェルトK.491(ロンドン・フィルハーモニー、指揮者サー・ゲオルグ・ショルティ)の演奏についての論評。 
 
リゴレットの結び(雷のように鳴り響く喝采)やタンホイザーの最終章を聴けば、彼の驚くべき力とカリスマを証言することが出来るだろう。まさに奔放と抑制の間の鋭い刃の上を動き回っているような演奏である。実際これほど刺激的でライオンのようなリストの演奏はめったに聴けるものではない。あるステージで、彼が第二のウィリアム・カペルと喩えられたのもうなずける限りである。
    --「グラモフォン」1996年2月号 EMI(CD-CFPSD4745)から再発売されたリストのレコーディングについての批評
 
見事なベートーベンとバッハの変奏曲(ゴルトベルク及びディアベリ)である。CD中のあらゆる演奏にシェパードの持つテクニック、思考、バランス、理解が余すところなく表現されている。彼の取り組む他の作品すべてに同様だが、彼の演奏は、ひとつの解釈というよりは、いつまでも残り続ける最高レベルといえるものばかりである。
    --会報誌「Turok’s Choice」2002年1月。ベルリンのAnnette Tangermannより発売されたCDについての批評
 
自分自身をバッハの魂の専門家と称するこのピアニストは、ゴルトベルグ変奏曲の32の作品のあらゆる面に光を当て、隠されたラインを完璧に構築しながらも、同時に自然で安らかな演奏を披露してくれた。
    --「Die Welt」1999年4月27日ベルリン。ベルリン・フィルハーモニーでの「Klavier um Vier」シリーズにおけるソロリサイタルの論評
 
先週ミーニー・シアターでのベートーベンのソロ・プログラムを終えたばかりのクレイグ・シェパードが、エマソン・ストリング・カルテットと共に登場し室内管弦楽曲で最もロマンティックな曲目を披露してくれた。この夜の最高の聴きどころ何といってもシューマン。シェパードの見事なフォームがエマソン・カルテットとひとつになって、素晴らしい音楽を紡ぎ出していく。それは、甘い感情から激しく高まっていくロマンティシズム特有の劇的な変化を絶妙に表現したものであった。メロディーを緻密に繋ぎ合わせ各章を構築する5人の演奏は、まるでストラディバリウスのパーツのように完璧であったといえよう。
    --「シアトル・タイムス」2003年1月17日版エマソン・ストリング・カルテットとのシューマン・ピアノ・クインテットの演奏に関する批評から。
 
ベートーベンのチェロソナタ・イ長調を奏でるシェパードの繊細さは、まるでカーネギー・ホールのソリストのようであった。彼の深い知識に基づいてなされたフレージングは、この複雑な作品が計り知れない側面を持っていることを改めて私達に伝えてくれた。
    --「The Salt Lake City Tribune」1998年8月23日版より
 
緊張に満ちた夜であった。ベートーベンの最初のソナタ4作品を弾くクレイグ・シェパードの有り余るエネルギーが、あっという間に客席へと広がったのである。シェパードのピアノは、時に「危険:高電圧」の看板を掲げるべきではないかと思えるほどに強烈であったのだ。これは隣の紳士がアダージョの途中で穏やかにうとうと出来るような静かな夜ではない。岩越しに切り開かれた純粋なベートーベンのパワーを見せ付けるようなリサイタルであった。
    --「The Seattle Times」2003年1月9日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より
 
アーティキュレーションから強弱の細かなコントロールのタッチに至るまで、シェパードが彼自身の備蓄庫から持ち出した解釈によって、この楽曲は更に変化に富んだものになった。微妙なクレッシェンドのボリュームや強度の変化が、それを聴き入る人にじわじわとピアニストの意図を伝えてくる。明瞭なスタッカートが流れるような滑らかなアーティキュレーションへと移行する。この大きなコントラストがソナタの新しい方向性を明らかにする。激烈なクライマックスとドラマティックな結びによって、シェパードはこの作品のドラマの本質を完全に再創造したのである。
    --「The Seattle Times」2003年3月19日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より
 
シェパードのベートーベンで衝撃的なのは、まず彼の作品に対する完璧な熟知とテクニックの素晴らしさである。しかし同様に明らかなのは、彼が作り出す限りない種類のタッチ、トーン、ダイナミック、そして各章毎に表現される物語である。
    --「The Seattle Times」2003年5月23日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より
 
シェパードが演奏にもたらす知的厳密さがその明らかな証拠である。徐々に強くなるフレーズの繰り返しから突然襲ってくる挫折、そして次のフレーズへの移行という明確な構築で聴く者を導くのである。
    --「The Seattle Times」2003年10月16日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より
 
シェパードは裏切らなかった。情熱溢れんばかりの押さえきれないOp.78のオープニングからアンコールの上品なアンダンテ・ファヴォリに至るまで、このカリスマ的で魅惑的な芸術家が絶好調なことは明らかである。快活なソナタはまさに「play」という動詞の意味の根源を再認識させてくれるような演奏であった。シリアスな演目は強力な激しさで、聴く者は前屈みになったまま咳や動きを全く忘れてしまったかのようであった。
    --「The Seattle Times」2003年10月16日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より
 
シェパードは最高峰に立つ重要なピアニストとして、あらゆる挑戦を乗り越える。彼の演奏は、ひとつひとつの音に潜んでいる激しい大波に向かって岸壁に立っているような感覚を運んでくる。時に彼は、あたかもその瞬間に何かを発見したように嵐のように突き進んで聴衆をひやひやさせ、そして同時に、音譜のひとつふたつを完璧なエレガントと純真さへと変えてしまう。
    --「The Seattle Times」2004年5月20日版「ベートーベン:旅路」ソナタ・サイクルの論評より

シェパードは、極限の難しさを緩和してしまうかのように、いかなる曲も難なく見事に弾きこなしてしまうだけの特別なテクニックを持っている。これはまさに真の音楽家のなせる技である。本来あるべきリズムを作り出す才能とトッカータにおける軽妙なタッチ、うっとりとさせる詩的表現(美しいコンチェルトのオープニング)、第一楽章のカデンザのようなひどく手がかかる一節でさえ、耳に心地よく弾きこなしてしまう。
    --「The BBC Listener」1986年3月27日。プロコフィエフ・ピアノコンチェルト第2番、サー・ジョン・プリチャード指揮によるBBCシンフォニーとの共演に対する論評
 
クレイグ・シェパードの、緻密で誇張のないチャイコフスキー・コンチェルトを聴く機会を得たことは私にとって貴重な経験である。激烈なダイナミックと適度な感情の盛り上がり、しかし決して感情的ではない。
    --リバプール「The Daily Telegraph」1975年4月2日版。カート・サンダーリング指揮によるロイヤル・リバプール・フィルハーモニーとのチャイコフスキー・コンチェルト第1番の演奏に対する論評
 
昨日のシェパードは真反対の演目でかなり難しいプログラムをこなした。それらは綿密で忠実かつ創意に富み、控えめながら大胆で、知性に溢れた演奏であった。 
    --ロンドン「The Financial Times」1986年5月16日。クイーン・エリザベス・ホールにおける演奏に対する論評。
 
シューマンの全ノヴェレッテの演奏はピアニストにとっても聴衆にとっても骨の折れる経験であるといえる。しかしながら日曜日のクイーン・エリザベス・ホールにおけるリサイタルでのシェパードは、この作曲家が、自分だけの恍惚の夢の世界から抜け出すことを拒否しているように話を長引かせている時でさえも、その音楽のニュアンスをゆったりと蘇らせ、時間の感覚を消し去ってしまった。彼のオーケストラのような色づけ、創意に富んだピンポイント・ピアニズム、生き生きとした演奏により、思慮の足りないはずのノヴェレッテは謎めいた作品に仕上げられた。
    --ロンドン「The Daily Telegraph」1983年11月13日版より

シェパードのベートーベン・ソナタE flat Major, Opus 31 No.3の解釈にすっかり魅了されてしまった。彼は全体の意味を広く取りながらも、細部の微妙さや繊細さを表現し、最終章ではコントロールを効かせながら猛烈なピッチで昇って行った。
    --マンチェスター「The Daily Telegraph」1975年3月7日。BBCラジオ3でのライブ演奏に対する論評
 
ゴルトベルグ変奏曲はいろんな風に受け取ることが出来るが、シェパード氏は名人ならではの音の思考の世界へと誘ってくれた。驚くほど豊かな演奏で、まさに匠の技といえる。
    --「The London Times」1980年6月26日。ウィグモア・ホールでの演奏に対する論評

このアンサンブルのメンバーは血が繋がっているのではないかと思えるほど見事に息が合っていた。シューマンは概して自分の演奏楽器に中心を置きすぎると非難されるが、シェパード氏はそれが間違っていることを示してくれた。彼の黄金の指にかかると、どんなに複雑な演奏さえも子供がシンプルな曲を弾いているように見えるのだから不思議だ。トーンの調和とバランス、タイミング、フレージングが見事に一致した演奏であった。
    --「The London Times」1977年6月4日。クイーン・エリザベス・ホールにおけるバートック・ストリング・カルテットとの共演に対する論評
 
クレイグ・シェパードは音楽に対する鋭い洞察力、つまり演奏に必要な詩人の本能と並外れたテクニック(と敏捷さ)を持ち合せている。実に美しいベルのような音から優美なピアニシモのトーンまで、幅広いダイナミックを聴かせてくれた。
    --南アフリカ、ケープタウン「The Argus」1982年2月。ケープタウン・シンフォニーとのショパン・コンチェルト・ホ短調の共演についての論評
 
アメリカからやって来たクレッグ・シェパードの鋭いピアノは表現力に満ち溢れ、彼の刺激的で火のような奔放さと濃縮されたリズムのエネルギーによってコンチェルトヘ長調とラプソディ・イン・ブルーは刺激的で即興的なキャラクターへと創り出された。
    --ブレーメン「Weser-Kurier」1982年4月20日。ブレーメンのタウンホールにおけるガーシュイン・コンチェルトヘ長調およびラプソディ・イン・ブルーのWestflische Sinfonieorchesterとの共演についての論評。
 
各フレーズの安定した出だし、エネルギッシュでありながらも繊細、優美かつ洗練されたタッチ、複雑な和音でさえも真珠のネックレスのような流れにしてしまう演奏は、Kurhausコンサートホールの聴衆をワクワクさせてくれた。このような熱狂はここでは滅多に起こらないことである。
    --「Hammer Zeitung」1985年4月。Nordwestdeutschen Philharmonieとのベートーベンコンチェルト第5番の共演についての論評。
 
彼のショパンで特筆すべきことは、一貫したディテールへの気配りである。音楽の層が次々にあらわになっていく。それはまるで宝石の原石の面を刻んでいくようだ。
    --「The Seattle Times」1997年10月29日。シアトルのミーニー・シアターでの演奏についての論評。
 
シェパードはあらゆる曲をまるで自分の得意な作曲家のように弾きこなしてしまう。ブラームスのコンチェルト第2番からイ長調の間奏曲(アンコール曲)までごまかしのない自由と甘ったるくない叙情をもたらしてくれた。
    --「The Seattle Weekly」1998年12月12日。
 
類い稀な知性と桁外れの技術を持つシェパードの演奏は、いつもと同様に、音楽の旅を深く有意義なものにしてくれた。
    --「The Seattle Times」2001年10月25日。シアトルのミーニー・シアターでのリサイタルに対する論評。 




 


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